私が船を買うまで。第二十話

プレジャーボート

私が船を買うまで。第二十話 ケイスケ出撃す

しばらく車で待つ。心臓が口から飛び出してきそうだ。徐々にチェックブースが近づいてくる。前に並んでいるゆうさんは「インスペクション」とやらを受けるらしくチェックブースの先の駐車場に誘導されている。我々は、人数、目的、ライセンス、封印のチェックなどを受けパス。

「がんばって。よい釣りを!!」

そういわれてブースを後にする。ゆうさんはボートのイケスやビルジのチェックをされている。我々は一足先にスロープに車を付ける。スロープとはボートを下ろすための施設でゆるやかなスロープが湖の中に設けられており、そこへ車とトレーラーをバックで着けてボートを切り離す。

「にいちゃん、ボートに乗って。切り離すけ。」
「お、おう。」

弟は手慣れた様子でボートの切り離し作業をしている。

「にいちゃん、ボートを切り離したら一度沖にちょっとでて周りの邪魔にならんように停泊しとって。俺、車を上においてくるけ。俺が桟橋にもどってきたら迎えに来てくれる?」
「お。おう。」
「じゃ、行くよ。」
「お。お。おお。」

がくんとボートが沈み込みかなりの速さでトレーラーから湖の方へ降りてゆく。わたしはいばって「おう」などと返事をしたものの、今の気持ちは親から捨てられる時のヘンゼルとグレーテルみたいだ。わたしは一人で湖に取り残されこれからどうしたらいいのか。

「じゃ、にいちゃん、後でね。」

「後でね」じゃない。俺を置いていくな。この孤独感はどう言い表したらいいのだ。周りのバスボートはみなアメリカ人が乗っている。目の色が青い人がいるんだよ。あたりまえだが。なにかトラブルがあったら私はどのように助けを呼べばよいのか。ええと、ウソンルトイレットでよかったか。いかんいかん。これを言うと便所につれていかれる。

私は我に返り、心を落ち着かせまずエンジンのチルトをさげた。プロペラの周りにゴミがないか確認してボートのチェック。落ち着け、落ち着け。周りを確認して人やボートが極端に近くにいないかを見る。キーを車の様に回すと轟音とともにエンジンが目を覚ます。ゆっくりボートを後進させ次の人がスロープを使えるように一旦沖に出る。船を操作し何度か100mほどの円を描くように回ってみる。操作性はとてもよくゴーカートの感覚で操作できる。おお、いいなあ。だんだん楽しくなってきたぞ。

車を上の駐車場へ止めた弟がスロープを降りてきた。桟橋に弟を迎えに行かなければならない。落ち着け。これは船舶免許の再試験だと思えばよい。落ち着いてやればできる。無事、着岸。弟と操船を交代する。港内スローのブイまでゆっくりと進み、弟の目の色が変わった。

「にいちゃん、物がとばんように。そうそう。バッグなんかを足の下にいれて。移動するよ。」
「お、おう。」

エンジンのスロットルを思い切りあけるととてつもない咆哮が後方から炸裂した。スターン(ボートの船尾)ががばっと沈み込む。エンジンのチルトを下げ、さらにスロットルを開ける。徐々にバウ(船首)が下がっていきバウを下げながらどんどんスピードは増してゆく。とんでもない速度だ。目線が水面から1mもないので恐怖感がとてつもない。気温はこの時7度ぐらいだろうか。船の速度は50ノット(約90Km)ぐらいはでているだろう。寒さと恐怖で涙と鼻水がとまらない。でも鼻水をぬぐう余裕はとてもない。横目で弟を見るとしかめっ面をしつつも得意そうに操縦している。とにかく寒い。わたしはがくがく震えながら飛ばされないようにシートの両端を握りしめるのに必死であった。

五分後、目的地に到着したらしい。弟は速度をゆるめ、魚探とエレキをセットする。わたしはようやく鼻水をぬぐった。ここが西の岬のところか。弟は竿を出した。

「これと、これ。にいちゃんのね。」

というと、弟は早速釣りを始める。私は鼻水がとまらない。頭にきたのでさっきかったコーヒーとサンドイッチでまずは腹ごしらえをする。これが、またまずい。どうしてアメリカのコンビニのサンドイッチはこんなにまずく作れるのか。パンはぱさぱさだしバターは塗ってないしチーズは塩辛すぎる。ハムの味がまた最高にまずい。それらまずいものが口の中で混然一体となる。とにかく口の中の水分を全部強奪するスポンジを口に詰め込まれたような気がする。その嫌な思いをコーヒーで元に戻す。二口くらいサンドイッチを食べたら弟が怒りだした。

「にいちゃん!!朝の一番釣れる時になにをしよるんね!ばかじゃないの?」
「もぐもぐ」
「もう、信じられん。」

怒りながらキャストする弟をみながら食べるサンドイッチは格別まずい味だ。さあ、じゃ、俺もはじめるとするか。とりあえず弟がくれた竿にノーシンカーの6インチぐらいのチョコレート色のストレートワームが付いていたのでこれで始めよう。始めようとすると弟がまた文句をいう。

「にいちゃん、俺たちがやるようにせんと釣れんばい。どんなことしても釣れるわけじゃないんよ。」

わかってるって。まあ、とりあえず一投目はこれでいい。記念すべきアメリカでの第一投目ぐらい好きにさせてよ。私は岬のちょっと突き出した部分の草が生えているあたりにノーシンカーをそっと投げ込んでステイさせた。

この瞬間。私はブラックバスになった。

目の前になにか落ちてきてただよっている。それがもぞもぞとゆっくり動いた。その物体が突然跳ねた。跳ねてフォール。そしてまたステイ。二度、三度…

突然、竿ががくんと引き込まれた。

「ヒットヒット!!かかった!!」
「え?え?うそ…」

弟が呆然として私をながめている。

つづく