私が船を買うまで。第五話

プレジャーボート


私が船を買うまで。第五話  強風

家内がカンカンになって怒っている。が、この人の良いところはたれ目なので怒りが相手に伝わりにくい顔をしているところだ。今も精一杯怒っているのだろうが、なんとなく穏やかな目付きでしかも肩にオウムがのっているめちっとも恐怖を感じられない。しかしながら怒っているのは100%間違いないので私はことさら神妙な顔つきで家内の前に正座をしていた。

「どうするんね?私は船なんかいらんよ。」
「…なんで?」
「だって泳げんもん。」
はっはっは!
「ねー。あわちゃん、あぶないもんねー。」
ねー!あーちゃん。
「大体。あんたも船がほしいとか一言も言うとらんやったよね。」
「うん。」
「じゃあ、こうしよう。係留権を放棄し!そうし!」
うん、うん。
「ねー、あわちゃん、それがいいよねー?それがいいと思う人!」
はーい。
「おりこうやねー。ほら!あーちゃんも賛成っち!そうし。」

あわちゃんは家内が喜んでいるのが口調でわかるのか満足そうに目を細めている。

「でも、せっかく当たったのにもったいないやん?」
「なんがもったいないね。大体、船を買って維持するのにどれくらいかかると?あんたのことやけそんなことなーんも考えてないっちゃろ?」
「うん。」
「調べてもないんやろ?」
「…うん。」
「はあ、あんたねえ。ほんとにばか!普通子供でも自分がほしいものの値段とか調べてから動き出すよ。」
「いや、あの、返す言葉もないです。」
「こんど当たった係留所。料金なんぼとおもっとんね?」
「…」
「それも知らんのね?」
「74000円っち。年間。それ以外にも色々かかるんやないね?なんか船を係留したり維持するのは大変っち役場の人がいよったよ。大体、船の値段っち何百万もするんやないんね。うち、そんなお金ないよ。」

家内の言っていることは一々正しくぐうの音もない。私はただ顔をこわばらせ拳を固く握りしめているだけであった。

確かについ昨日まで船を買うつもりなど一ミリもなかった。しかし、こうなってしまった以上私の中で「もったいない」という気持ちと「どうせなら死ぬまでに一度でいいから自分の船を所有してみたい」という二つの気持ちが込み上げてきてその熱い思いを私自身どうすることもできなかったのである。

風は強さを増し、ごうごうと音をたてていた。その音はこれから訪れるであろう事態を象徴しているかのようにも感じられた。

「あっ!」

私が突然出した大声にあわちゃんが驚き、家内の肩から飛び立って隣の部屋の止まり木に行ってしまった。

「なんね?大声だして?」

あわちゃんが隣の部屋の止まり木から心配そうに私たちを覗いている。

つづく